Karuizawa ジョン&ヨーコの軽井沢

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(2013年11月 軽井沢万平ホテルにて)


 今日、友人親子と3人で軽井沢に行きました。紅葉のピークがちょっと過ぎた、という感じの軽井沢でしたが、まだまだ真っ赤なもみじが楽しめました。


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 軽井沢に行ったら、万平ホテルでお茶でも!ということになり、万平ホテルの1階にあるカフェテラスに行きました。


 万平ホテルのカフェテラスというとジョン・レノンとヨーコ・オノ、そして2人の息子のショーン君を思い出します。


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 ジョン・レノンは小野家の別荘がある軽井沢に1976年から79年まで避暑で滞在していました。その頃のジョン・レノンは、1975年に息子のショーン君が生まれ、音楽活動から遠ざかり主夫業に専念していたという状態でした。

 当時、高校生だった私はロック好きでしたので、もちろんジョン&ヨーコのことは知っていましたし、ザ・ビートルズのアルバムもほとんど全部持っていました。ザ・ビートルズの曲は好きだけど、熱心なジョンのファンではなく、情報としてジョン&ヨーコは夏は軽井沢にいるというのを知っている程度でした。
 
 東京の私立の女子高校の生徒だった私は、高校時代の部活で放送部に所属していました。通っていた女子高は軽井沢に学校の寮があり、学校関係者は利用出来ますので、夏休み等にはクラブの合宿に使われてもいました。
 
 そういうことで高校2年生の時(1977年)にだけ放送部の合宿に参加し、軽井沢に行きました。その時の合宿には1~2年生を中心に15名位が参加。放送部の合宿で何をするかというと、「インタビュー」です。当時、録音と言えばテープレコーダーです。3~4人のグループに分かれてポータブルのテープレコーダーを背負って、旧軽の軽井沢銀座で街行く人にインタビューをするというもの。インタビューする質問も考えて、出来るだけ多くの人にインタビューするのです。

 インタビューしてどうするというものでもなく、放送局のレポーターのごとく堂々と知らない人にインタビューすることが目的だったと思いますが、厳しいものではありませんでした。ゆるいクラブの合宿でしたが、一応、夕食後にはダメ出し(反省会)があったので好きに遊んでいいということではなく、適当にインタビューして、適当に好きにして過ごすという感じでした。

 その時の私のグループは2年生2人と1年生2名の4人で、先ず軽井沢銀座に行きました。適当に好きにやっていいとはいえ、夜に寮で反省会が行われるので、それなりにインタビューはしなくては!です。

 午前中は人が多い軽井沢銀座でインタビューし、午後は軽井沢銀座を離れて別荘地の方へ。そこにミニゴルフ場があったので、休憩を兼ねてミニゴルフを楽しむことにしました。テープレコーダーを置いて、女子高校生がきゃあきゃあ騒ぎながらミニゴルフに興じる姿はうるさかったことでしょう。1年生の一人が小野さんという名で、「小野さんの番!」「次は小野さん!」という声が響いたのか、ミニゴルフ場のオジサンが、私たちがテープレコーダーを持っていることや「小野さん」という名前を聞いたからか、「この近くにオノ・ヨーコの別荘があって、ジョン・レノンも来ているから、インタビューに行ったら?」と言うのです!

 女子高校生のミーハー根性とノリで行ってみよう!ということになり、ミニゴルフ場のオジサンにオノ・ヨーコさんの別荘までの地図を書いてもらいました。


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捨てずにずっと持っている地図… ミニゴルフ場のオジサンが書いてくれたもの


 そしてテープレコーダーを背負って、4人でのこのこ地図を頼りにオノ・ヨーコさんの別荘に行きました。呼び鈴を押すと、すぐに返事と共に中年の女性が出て来ました。彼女はバギーも用意していて、そのバギーにはショーン君が乗っていました!!

 まさにハーフで目がくりっとしたショーン君は女の子のようにも見えました。私たちはそのショーン君の乳母のような女性に、自分たちの説明をし、ジョンとヨーコにインタビューしたいと言いました。

 乳母さんは、「今、ジョンとヨーコは万平ホテルにいます。これからショーンを連れて万平ホテルに行くところ。ジョンとヨーコは、インタビューは嫌いだから、インタビューはダメよ。」と言うのです。

 目の前の別荘にいるのなら、もうちょっとしつこく粘ったかもしれませんが、そこにはおらず万平ホテルにいるとのこと。わざわざそこまで行って、ホテルという公衆の目があるところで、「ダメ」と言われているジョンとヨーコにマイクを向けてインタビューする勇気がなく、万平ホテルに行くことはしませんでした。

 万平ホテルに向かうバギーに乗ったショーン君の頭をなでて、バギーを押す乳母さんをその場で見送りました。


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 ショーン君の頭をなでただけの“接触”でした。ちょっとアクションを起こせばジョン&ヨーコが目の前にいるというチャンスを棒に振りましたが、気にすることもなく時間が過ぎていきました。

 3年後の1980年12月にジョン・レノンが銃弾に倒れた時、そのニュースを聞いて初めて後悔しました。あの時、3年前の夏の軽井沢で、ダメだと言われたけれど万平ホテルまで行くべきだったと。インタビューは出来なくても生で顔だけでも見ておくべきだったと!何故、アクションを起こさなかったのか!もう2度とジョン・レノンには会えない!


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 万平ホテルに来る度に、高校生だった時のジョン・レノンに会いそびれたことを昨日のことのように思い出します。


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テラスカフェのブルーベリータルトとミルクティー
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by airmail-trvler | 2013-11-09 23:30 | K