「ほっ」と。キャンペーン

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(3013年10月 大阪国際(伊丹)空港にて)


 所用で関西へ。9月末の鹿児島行同様、飛行機で関西へ飛びます。

 飛行機に乗る時に窓側か通路側か(さすがに真ん中の席は避けたい!)悩むところです。言っては何ですが、トイレが近いので(年寄り??)、ロングディスタンスのフライトは通路席を、ショートは(時間帯に寄りますが)景色が楽しめるので窓側をリクエストします。

 国内のフライトは、景色の楽しめる時間帯のフライトなら窓側がいいですし、特に羽田から西や北陸方面に行く場合は富士山!!を上空から拝みたい!と思っています。(北に行くフライトからも見えます。)よって窓側の席も「A席」なのか、機体によって「F席」か「K席」のどちらかを押えるか、によって、せっかく窓側を取っても、富士山が見えるのは反対側!という残念なことがあります。

 羽田から西に行く時は、右手方向に富士山が見えるので、F(またはK)席を取るようにしています。

 羽田離陸後、20分位で富士山が見えてくると、何だか「アッ!富士山!!来た~~!」と落ち着かなくなります。

 9月末のJALでの鹿児島行ですが、その時も窓側を取りましたが… いかんせん、搭乗し、着席と同時に寝てしまい… 目が覚めた時には… 四国上空でした…

 と、先月は富士山を逃してしまったので、今回はリベンジです。また、今回はすっごく久々のANAの国内線です。ANAの機内サービスはどんな感じか、それも楽しみでした。なので寝るわけにはいかないと、心して搭乗しました。

 羽田10時発のANA19便(座席:9K)は定刻に出発。東京の天気は曇り、関西は晴れの天気予報。富士山は見えるのか?どうなのか?ちょっと気になっていました。

 羽田を離れるにつれ、雲が切れる面が大きくなるような…なんて感じで20分も飛ぶと、見えてきました、富士山が!!まさに雲があっても、「頭を雲の上に出し~♪」という「ふじの山」の歌詞通り、雲の上に黒い頂上を出した夏姿の富士山が見えてきた~!です。


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 雪のある富士山の方が気品を感じますが、夏姿の富士山は力強さを感じます。もう見入ってしまいました。


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いつかは行きたい富士山の頂上!


 機長からの「富士山が右手眼下に見えます。」というアナウンスもありました。富士山がかなり後方になった時に機内サービスです。


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Good-bye! Fiji-san!!


 ホットコーヒーを頼み、さらにANAの機内に「マイチョイス」という有料のスナック、スープ等のサービスがあり、朝食がまだでしたので、せっかくなので「マイチョイス」から海老と貝柱のブイヤベースを注文しました。(こういう有料のサービスがあるとは知りませんでした!)


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気になったブイヤベース

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アツアツです!

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量もあります!


 アツアツのブイヤベースはお味も良く、しっかりお腹に納まり、朝食として満足!でした。上空からの眺めを楽しみながらでは、ちょっとしたものでも美味しくなる!って感じです。


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 そして頼まれた機内販売で買い物をし、ANAのポストカードもいただいて(JAL機は、機内のポケットにポストカードが入っていて、自由にもらうことが出来ますが、ANA機にはそういうポケットはなくCAさんに声を掛けていただきます)…なんてやっているうちに、無事に大阪国際(伊丹)空港に到着!(ボーイング787便がいる!)


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 一泊の2日の関西(大阪&京都)の旅を楽しみ… (旅の内容は、また後日に!)

 そして翌日の夕方に伊丹から羽田へ。この時の復便も窓側席を取り(17時伊丹発ANA34便)離陸する時には日も暮れ始め… 夕陽を楽しみながらのフライトでした。

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振り返ると夕日が! 美しい!


 さすがに富士山上空辺りでは、日も暮れて真っ暗!(富士山をライトアップして!!なんて!) 18時に無事に羽田到着しました。

 ANAに次に乗るのはいつだろう…と思いつつ、羽田を後にしました。JALでマイルを貯めているので、国内ではJALに乗ることが多いのですが、機会があったらANAもいいなと思いました。(久し振りにANAに乗り目新しい感じがしたので、余計にまた乗りたいと思ったのでした。)

 次は何処に行く??
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by airmail-trvler | 2013-10-07 21:45 | F
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(2013年5月 友部にて)


 子供の頃から行ってみたいと思いつつ、行ったことがなかった「常磐ハワイアンセンター」。
いつの間にか「スパ・リゾートハワイアンズ」と名称が変わり(1990年)、映画「フラガール」の舞台となりました、

 映画「フラガール」も見て、さんざん泣いて、「スパ・リゾートハワイアンズ」のフラガールズのステージを見たいと思いつつ… 行くまでに時間が掛かりました。

 やっと念願叶って、友人と行って来ました。目的はフラガールズのショウです。せっかく行くので、一泊してお風呂も入って、ゆっくりショウを見よう!です、


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夕方、到着!!


 午後、東京を出発して車で向かいました。チェックインして、部屋に入って、用意されている浴衣ならぬムームーに着替え(これはテンション上がります♪)、ショウの会場を下見に。

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老いも若きも女子はこのオレンジのムームーを!

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会場はポリネシアの雰囲気!

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平日はプールもすいている

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こちらがステージ!

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 有料の指定席はすでにSold Out!何処が自由席かをチェック!(宿泊に自由席での観覧が付いています。)

 ショウの前に夕食です。

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おさしみ

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尾頭付き!

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(NHK大河ドラマ、八重の桜から)桜麺!

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鍋もあり!



 混む前にショウの会場に移動。(ムームーを着ているのがショウのチケット代わりだそうです。私服の場合はチェックインの時にもらったチケットを持って行きます。)

 時間になるとほぼ満席!いよいよショウが始まります。

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皆ムームーがお似合い!




 1部:ハワイアンショウ、休憩を挿んで、2部:ポリネシアンファイアーショウ、そして3部:タヒチアンダンスショウという90分の構成です。(座った位地が悪く、手すりが視覚の邪魔でした…)


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これで一部終了


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休憩中にステージでフラダンスを!

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2部のファイヤーダンス!迫力あり!


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3部のポリネシアンダンスショウ
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圧巻のソロダンス

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感動の最後!


  ショウは想像以上に素晴らしく、ダンスは感動!です。本当にちきんとしたショウ(失礼!)で、飽きさせることなく衣装も変わって目を楽しませてくれて、生演奏の音楽もスローテンポあり、アップテンポありで耳も楽しませてくれました!

 一度は見る価値があると思います! また見に行きたいです!
 

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パッケージのイラストがかわいいラムネ


 グランドポリネシアンショウが終わって、喉が渇き、ショウの会場を出たところにある売店で売っていたフアムーネ(ラムネ)を買い、部屋でショウの余韻を楽しみながら飲みました。
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by airmail-trvler | 2013-05-18 23:30 | F
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(年賀郵便受付)



 元旦 明けましておめでとうございます

 大晦日の夜から年賀状を準備し、書き終わったのが元旦の4時!!近所のポストに出しに行きました。ホッ!


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 それから寝て(寝正月??)、午後には近所の神社「笠間稲荷神社」へ初詣。笠間稲荷神社は日本橋七福神の寿老人を祀ってあり、普段は人影のない神社なのに、日本橋七福神巡りの人たちで行列が出来るほどの賑わいに!(年々お正月の初詣の人が多くなっていて、ビックリ!)

 お正月はゆっくりお茶をしたいと日本橋三越近くのマンダリンオリエンタルホテルの37階のティールームへ。


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 ガラス張りのティールームから見えたのは、何と!富士山!!夕陽に浮かび上がる富士山の美しいこと!!


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 お正月早々富士山を拝めるなんて、なんとありがたい!という気分になります!


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 マンダリンオリエンタルブレンドのお茶も美味しかったけれど、一緒に頼んだチョコレートのオレンジピールも美味しかったけど、お正月の富士山には敵わなかったです。

 富士山を拝めただけも今年は良い年になりそう!!って感じです。
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by airmail-trvler | 2013-01-01 23:45 | F
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(2004年12月 バミューダ)


 子供頃から海外に行きたいと思っていましたが、実際に海外に出たのは、19歳の時です。1980年の夏のことです。

 高校生の時に海外ホームスティの応募がありましたが、応募せず…

 19歳の時に、10代の内に海外に行きたい!という気持ち募り、かといってお金を溜めていた訳ではないので、親に成人式の着物はいらない、着物の代わりにニューヨークに行かせて欲しい!と頼み込みました。

 中学~高校生の時は洋楽一辺倒で、The Beatles、The Rolling Stones、Queen、Led Zeppelin、Deep Purple、Aerosmith、Patti Smith等々British RockからAmerican Rockに、最後はPatti Smithで、「十分Rockは聴いた」という気分になりました。Patti Smithは好きでした。今でも好きですが、そんなに聴かなくなりました。

 一方で、Artへの憧れもあり、NYを舞台に活躍するAndy Warholやその周囲の人たちのライフスタイルはカッコイイ!と思っていました。

 そういう音楽(Rock)やArtの影響か、New Yorkに行きたい!と強く思いだし、「最初に行く外国はNew York!」と決めていたのです。

 1980年は「I♡NY」キャンペーンが始まっていましたが、まだまだ治安も悪いと言われていた頃です。親は心配し、「何故、ニューヨークなんだ?ハワイじゃだめなのか?」と言って、New York行きを断念させようとしたり…

 しかしやっと親も私のNew Yorkに行きたい気持ちが強いことがわかり、ツアーで行くことを条件に資金を出してくれることになりました。

 1980年当時、1週間のニューヨーク・フリータイムのツアーは、約50万円でした。市内観光はツアーに付いていましたが、あとはフリー。オプショナルで、ナイトツアーやワシントンDC行きを申込みました。

 とにかく一人でNew YorkのDown Townを歩いてみたい、チェルシーホテルがある近辺を、ニューヨーカーのようにさりげなく歩いてみたい!と思っていました。

 単なる旅行者に過ぎませんが、おのぼりさんではなく、その町の住民のように振舞いたい、と思っていたのです。
 
 それは、その時から30年以上経った今でも変わってないですね。「街歩き」「街散歩」が好きですし、旅のコアになる部分ですね。

 New Yorkでの話は、またの機会に。
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by airmail-trvler | 2012-04-27 20:50 | F
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(2005年12月 バハマ・ナッソー)


 子供の頃から海外(アメリカ)に憧れていました。

小学生4年生になる時に、その時の親友、一番仲の良かったR子ちゃんが親の転勤でニューヨークに行くことになりました。1970年のことです。

子供として、物心ついた時からアメリカのアニメやドラマを見て単に憧れていただけでした。実際に同じ年の友達がアメリカに行く、と言われても、具体的に何もイメージ出来ませんでした。

ただ、アメリカは危ない国、ニューヨークは銃で撃たれることがある危険な街、というニュースで聞きかじったようなそんなネガティブなイメージでした。

時代は東西冷戦の時代でもあり、1969年アメリカはアポロ11号が月面に到達した、なんていうニュースが賑わっていた時代です。

ニューヨークに行ったR子ちゃんから来たエアメールのポストカードは、アポロ11号の写真で、文には、「ピストルを撃つ音がします。」なんてことが書いてありました。本当にニューヨーク、アメリカは恐ろしい国だと思ったものです。

当時、講談社が発行していたマンガの少女フレンドの文通コーナーで見つけた国内の文通友達(ペンパル)がいたので、手紙を書くことは面倒なことではありませんでした。宛先はアメリカでしたが、親にローマ字の書き方を教えてもらって、何度か手紙のやり取りをしましたが、そのままフェイドアウト…

その後、5年生、6年生になると地元に大手商社がバックアップするマンションが建ち始め、そこには海外勤務した家族が住むようになりました。帰国子女のはしりですが、アメリカやドイツに赴任した家族が帰国し、その子供たちが転校生として我がクラスにもやって来ました。

転校初日に私の隣りにすわったYちゃんからたどたどしい日本語で3年住んだドイツの話を聞き、自分の知らない世界を知っていることや、海外に住んでいたことを羨ましいと思ったものです。

私の親は地元で会社を経営していたので、海外赴任なんてありえないことでしたので、親の仕事の海外赴任によって一緒に海外に住めることを単純にいいなぁ~と思っていました。

 元々、「海外に憧れる星」を生まれ持っていますが、子供の時に、自分と同じ年で、親の海外赴任とはいえ、海外に移住したり、住んだ経験を持つクラスメイトがいたことも、海外に行きたい気持ちに火を点けたかもしれません。

 思いだけでなく、自分が作られる時には環境は大きな影響力がありますよね。
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by airmail-trvler | 2012-04-26 20:30 | F