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(2013年11月 名古屋 栄にて)


 今年の7月頃にいつも聞いているラジオの某番組に、ある男性がゲストとして呼ばれてトークをしていました。その男性はよく観光地等に置いてある「顔出しパネル」好きが高じて、顔出し看板を集めたサイトを運営している方でした。

 何気に聞いていたラジオでのトークですが、何故か、私の頭の片隅の片隅に「顔出しパネル」が引っ掛かり、その後、町を歩いて見掛ける「顔出しパネル」があると写真を撮ってしまう(その写真を「顔出し看板展示館」に“情報”として送ってしまう)のです。


 この数か月で普通に町を歩いて、観光地でなくてもあちこちで顔出しパネルに遭遇!本当に気付くと思わぬところに顔出しパネルがある!!です。



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 これは今年の7月に千葉そごうデパートに行った時のもの。父の従兄弟会が千葉で毎年開催されていて、その日も、母親を連れて千葉へ。千葉そごう内にこのパネルを発見!

 そごうは西武と一緒になりましたので、いままでは西武のお買いものクマでしたが、そごうにも出張して??いました!

 数人で1列になってぐるぐると顔の位地を変えて、トルネードになる“エグザイル”風のデザインになっています!まさに「今風」の顔出しパネルです。


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 8月に歩いて両国まで散歩。JR両国駅の改札横にある居酒屋さんの前にも顔出しパネルはありました!

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 場所柄相撲取りと銭形平次と、2種類の顔出しパネルがあるは珍しいかも!です。


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ハイ!チーズ!!


 9月には川崎の岡本太郎美術館へ行きました。そこの出口ロビー付近にもありました!太陽の塔の顔出しパネルが!!


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 岡本太郎さんマネキンと共に太陽の塔の顔出しパネルがあります。太陽の塔は無理やり顔を出せるようになっているデザイン。


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 10月は大阪へ!道頓堀の商店街にあったのが、大阪だけど何故か沖縄モチーフの顔出しパネルです。確か沖縄料理屋さんの前にあったと…


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一緒に旅行に行った樋口さんと会田さんが遠慮がちに顔出しを!


そして大阪ではレンタカーでちょっと遠出を。藤井寺市にある「葛井寺」に行ったら、そこにはお坊さんの顔出しパネルがあるのを発見!


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さすがに渋いですね~


 そして今月は、先ず、羽田空港に行った時にLCCソラシド航空のカウンター前に顔出しパネルを発見です。パイロット&CAという組合せのカップル用??


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 今月は名古屋に行き、その名古屋のディープな大須のアーケード街にスマホの「ウィルコム」ショップがあり、その店頭に「ウィルコム」の宣伝顔出しパネルがありました!


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 今現在のウィルコムのCMに孫悟空が出ているので、そのまま顔出しパネルになったような…ですね。


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 顔出しパネルは、日本ではせいぜい1~3人が実際に顔を出して写真を撮って楽しむもの。



 海外になるとさすがにビッグです!

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 こちらは去年の12月にスペインに行き、アルハンブラ宮殿の庭の一角にあった顔出しパネルは団体専用のごとく12人は顔を出したり、顔をのせたりして一挙に顔出しパネルで楽しめます。

 こういうレトロな雰囲気のある顔出しパネル… ついつい気になってしまいます。観光地にあるものと思っていいたら、意外や意外、街中にさりげなくあるとは!
 
 なんだか日本人のコスプレの原点を見るような思いです。

 町を歩いて、どこかにひょっこり顔出しパネルがないか? それも最近の散歩、町歩きの楽しみになりました!!

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 そうは言っても、若い時はこのようなキッチュないかにも観光地にある観光地ものというのは好きになれず、逆に批判的に見ていました。ひねくれていたのか(そうなんだと思います)、いかにもその場所でその場所らしいことというのを素直に受け入れられず… でした。

 いつのころか、その場所にしかない“いかにも”的なものの面白さに目が行くようになりました。その“いかにも”の裏にはそのものに対する人の情熱というのがあることにも気が付き、そのものより、そのものが持つストーリーに興味を持つようになったということかもしれません。

 そのもののユニークさもあるでしょうけど、そのもののストーリーも含めてそのものに向き合いたいと思っています。
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by airmail-trvler | 2013-11-20 23:45 | K
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(2013年11月 軽井沢万平ホテルにて)


 今日、友人親子と3人で軽井沢に行きました。紅葉のピークがちょっと過ぎた、という感じの軽井沢でしたが、まだまだ真っ赤なもみじが楽しめました。


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 軽井沢に行ったら、万平ホテルでお茶でも!ということになり、万平ホテルの1階にあるカフェテラスに行きました。


 万平ホテルのカフェテラスというとジョン・レノンとヨーコ・オノ、そして2人の息子のショーン君を思い出します。


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 ジョン・レノンは小野家の別荘がある軽井沢に1976年から79年まで避暑で滞在していました。その頃のジョン・レノンは、1975年に息子のショーン君が生まれ、音楽活動から遠ざかり主夫業に専念していたという状態でした。

 当時、高校生だった私はロック好きでしたので、もちろんジョン&ヨーコのことは知っていましたし、ザ・ビートルズのアルバムもほとんど全部持っていました。ザ・ビートルズの曲は好きだけど、熱心なジョンのファンではなく、情報としてジョン&ヨーコは夏は軽井沢にいるというのを知っている程度でした。
 
 東京の私立の女子高校の生徒だった私は、高校時代の部活で放送部に所属していました。通っていた女子高は軽井沢に学校の寮があり、学校関係者は利用出来ますので、夏休み等にはクラブの合宿に使われてもいました。
 
 そういうことで高校2年生の時(1977年)にだけ放送部の合宿に参加し、軽井沢に行きました。その時の合宿には1~2年生を中心に15名位が参加。放送部の合宿で何をするかというと、「インタビュー」です。当時、録音と言えばテープレコーダーです。3~4人のグループに分かれてポータブルのテープレコーダーを背負って、旧軽の軽井沢銀座で街行く人にインタビューをするというもの。インタビューする質問も考えて、出来るだけ多くの人にインタビューするのです。

 インタビューしてどうするというものでもなく、放送局のレポーターのごとく堂々と知らない人にインタビューすることが目的だったと思いますが、厳しいものではありませんでした。ゆるいクラブの合宿でしたが、一応、夕食後にはダメ出し(反省会)があったので好きに遊んでいいということではなく、適当にインタビューして、適当に好きにして過ごすという感じでした。

 その時の私のグループは2年生2人と1年生2名の4人で、先ず軽井沢銀座に行きました。適当に好きにやっていいとはいえ、夜に寮で反省会が行われるので、それなりにインタビューはしなくては!です。

 午前中は人が多い軽井沢銀座でインタビューし、午後は軽井沢銀座を離れて別荘地の方へ。そこにミニゴルフ場があったので、休憩を兼ねてミニゴルフを楽しむことにしました。テープレコーダーを置いて、女子高校生がきゃあきゃあ騒ぎながらミニゴルフに興じる姿はうるさかったことでしょう。1年生の一人が小野さんという名で、「小野さんの番!」「次は小野さん!」という声が響いたのか、ミニゴルフ場のオジサンが、私たちがテープレコーダーを持っていることや「小野さん」という名前を聞いたからか、「この近くにオノ・ヨーコの別荘があって、ジョン・レノンも来ているから、インタビューに行ったら?」と言うのです!

 女子高校生のミーハー根性とノリで行ってみよう!ということになり、ミニゴルフ場のオジサンにオノ・ヨーコさんの別荘までの地図を書いてもらいました。


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捨てずにずっと持っている地図… ミニゴルフ場のオジサンが書いてくれたもの


 そしてテープレコーダーを背負って、4人でのこのこ地図を頼りにオノ・ヨーコさんの別荘に行きました。呼び鈴を押すと、すぐに返事と共に中年の女性が出て来ました。彼女はバギーも用意していて、そのバギーにはショーン君が乗っていました!!

 まさにハーフで目がくりっとしたショーン君は女の子のようにも見えました。私たちはそのショーン君の乳母のような女性に、自分たちの説明をし、ジョンとヨーコにインタビューしたいと言いました。

 乳母さんは、「今、ジョンとヨーコは万平ホテルにいます。これからショーンを連れて万平ホテルに行くところ。ジョンとヨーコは、インタビューは嫌いだから、インタビューはダメよ。」と言うのです。

 目の前の別荘にいるのなら、もうちょっとしつこく粘ったかもしれませんが、そこにはおらず万平ホテルにいるとのこと。わざわざそこまで行って、ホテルという公衆の目があるところで、「ダメ」と言われているジョンとヨーコにマイクを向けてインタビューする勇気がなく、万平ホテルに行くことはしませんでした。

 万平ホテルに向かうバギーに乗ったショーン君の頭をなでて、バギーを押す乳母さんをその場で見送りました。


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 ショーン君の頭をなでただけの“接触”でした。ちょっとアクションを起こせばジョン&ヨーコが目の前にいるというチャンスを棒に振りましたが、気にすることもなく時間が過ぎていきました。

 3年後の1980年12月にジョン・レノンが銃弾に倒れた時、そのニュースを聞いて初めて後悔しました。あの時、3年前の夏の軽井沢で、ダメだと言われたけれど万平ホテルまで行くべきだったと。インタビューは出来なくても生で顔だけでも見ておくべきだったと!何故、アクションを起こさなかったのか!もう2度とジョン・レノンには会えない!


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 万平ホテルに来る度に、高校生だった時のジョン・レノンに会いそびれたことを昨日のことのように思い出します。


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テラスカフェのブルーベリータルトとミルクティー
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by airmail-trvler | 2013-11-09 23:30 | K